| |
| 「日経情報ストラテジー」2004年8月号 |
| 人の心は満たされていない |
| ブレインゲイト(株) 代表取締役 酒井 光雄 |
●会話する相手とその話題
人が恋愛をしている時、会話に事欠くことはない。それは新婚時代まで続く。何年かが過ぎると夫婦二人についての会話はさすがに減り、再び会話を増やすのが子供の誕生だ。母親は子供に語りかけて成長をうながし、父親は仕事から帰ると子供の成長や変化の様子を妻に尋ねる。子供が生まれると、夫婦の会話の大部分は子供のことになる。
子供が小さい時は手間が掛かり、子育ての手間が掛からなくなると今度はお金が掛かる。子供の成長に伴って喜びが増えるとともに、人には言えない苦労もまた増える。当時は心労だったことが、月日がたつと良い思い出になることも多く、だから人生は面白い。
●自分のことをだれより必要だと思ってくれる存在
以前、知人がこんな話をしてくれた。
「仕事で遅くなり深夜に帰宅すると、家族は全員眠っていて、だれも迎えに出てきてはくれない。こんな時どうしようもなく寂しさに襲われることがある。そんな自分を救ってくれるのは、いくら遅くなっても自分の帰りを喜んでくれる愛犬の存在だ。うれしそうに尻尾を振ってすり寄ってこられると、家族の中でこの犬が一番自分を大事に思っていてくれるんじゃないかと考えてしまうんだ・・・」
こうしみじみ語ってくれた姿から、深夜彼の自宅での光景が目に浮かんだ。 またある時、路上で「ケンちゃん、こんなところでダメじゃな〜い」と子供にやさしく語りかけるような声がするので目を向けてみると、犬と散歩している年配の女性だった。
声のトーンから、その女性にとって愛犬は子供と同じかそれ以上の存在になっていることがよく理解できた。
会話こそ交わせないが、動物が飼い主を慕う姿やボディーランゲージは、自分の存在を何より必要と思ってくれるように人は感じるのだろう。
「子供が小さい時は、命の大切さを教えるために動物を飼いなさい。そして子供が大きくなったら、子供の代わりに動物と暮らしなさい」とある人が言ったことを思い出し、その時なるほどと妙に納得した。
子供が生まれ親になってみると、教育費をはじめお金がかかり、心を痛める原因にもなる。ところが、成長して手が掛からなくなると、急に寂しさが襲ってくる。
人はだれかにとって必要だと実感できている時にこそ、実は最も自身の充実感や存在感を自覚するのだろう。こうした気持ちを抱くのは子育てを終えた世代に限らず、子供たちや結婚していない中高年シングルなど実に多くの世代やライフステージに存在することに思い至る。
●人の心を満たす市場
どんなに幸せそうに見える人でも、どこか満たされない気持ちを持つ。それが人のようだ。人の心を満たす典型的な市場の一つが、ペットマーケットだろう。この市場規模は動物・ペットフード・関連用品などを含めて、およそ1兆円。総世帯数4700万のうち30.8%に相当する1450万世帯が、1900万頭の犬や猫と既に暮らしている。
ペットフードやペット用品市場は商品単価の下落やPB(プライベートブランド)商品の参入によって成長が少し鈍化している一方で、新たなマーケットも生まれている。ペット保険やペット霊園、ペットホテル、ペットトレーニングなどをはじめ、高島屋日本橋店(東京・中央)では犬用のクリスマスケーキやおせち料理まで販売している。
またペットと暮すことを前提にした賃貸マンションが登場し、住宅の制約条件が変わることで市場がさらに拡大する可能性が出てきた。ペットと同宿できるペンションやホテルの増加も、マーケットを広げる可能性がある。
2億8000万人の人口を持つ米国では、6割の世帯が犬や猫と暮らしており、ペットの関連市場規模は6兆円を超えるといわれている。米国人の中には、ペットではなく、コンパニオンアニマル(仲間としての動物)という呼び方をする人たちが現れている。
動物を愛し、ともに暮らす人にとって、彼らは家族と同じであり、家族同様に相対する存在なのだろう。ペットではなくパートナー(伴侶)として動物たちをとらえ、妻や夫、あるいは子供と同じ存在だと考えれば、飼い主が今後求める商品やサービスが見えてくる。
●「人の心をどう満たせるか?」と再定義する
乾いた人の心を満たす視点から見ると、ガーデニング市場も同様の役割を果たす存在といえる。花や植物も人が手を掛けることに応え、花を咲かし成長することで人の心を満たしてくれる。動物に餌を与えるように、植物にも水や肥料、剪定が欠かせない。自分の時間と手間を掛けることで、思い入れが強まるのが人間の特性だ。
自分のことしか考えない、自分のことだけで精一杯の人が増えているといわれる。だが、人は自分を必要としてくれる人なり存在が、生きていくうえで不可欠なことにどこかで思い至る。
自社の市場を業界の枠組みだけで考えると、顧客が商品やサービスに求めている本当の価値に気づかず、競合企業との表面的な差異や価格競争に走ってしまうことがよくある。
乾いた人の心をどう満たす存在になれるかという視点で、自社のビジネスを再定義してみると、業界発想や競争を超えたビジネス発想がきっと持てるに違いない。
仕事を終えて、だれもいない家に戻る一人住まいの中高年シングル。仕事に没頭し、家族の中でも会話をする相手がいないビジネスマン。夫はゴルフ、子供は部活動に出掛け、週末を一人で過ごす主婦。何もすることのない時間を持て余すお年寄り。 こうした満たされない人の気持を理解し、その心を満たした企業は、大きなマーケットを手にすることができる。
|
|
|
|