マーケティング ホライズン 2010年12月号
礼を尽くすおもてなし―日本のホテル・旅館が世界に誇るサービス
ブレインゲイト(株) パートナー 武田雅之

 

 社団法人日本マーケティング協会から毎月発行されている『マーケティングホライズン12月号』に
弊社パートナー武田雅之のコラムが掲載されました。

 「表裏のない心」と「モノを成し遂げる」に由来する日本の「おもてなし」。その「おもてなし」が世界の注目を集めている。デンマーク人の友人が日本でタクシーを利用したときのこと。ホテルの部屋に財布を忘れたことに気づいたときに「お客様、仕事を終えてお泊りのホテルに戻る頃に部屋に伺います。御代はそのときで結構です。」というタクシー運転手の一言に、彼は感動した。その後、彼の部屋に来たタクシー運転手は、チップを受け取ろうとせず、タクシー代金のみ受け取ったという。このように見返りを期待しないで顧客に尽くす日本の「おもてなし」を評価する声が多い。日本に仕事・余暇で来日した外国人*1に、日本人ホテリエ*2の印象を尋ねたところ、一様に「Polite(礼儀正しい)」というキーワード*3を口にした。見返りを求めず礼儀重んじて顧客に尽くす姿勢が、日本人ホテリエにおける「おもてなし」のスパイスである。その背景を紹介しよう。

茶道の心
 奈良時代に中国から伝わった茶を飲む習慣を、精神的素養にまで高め「茶道」として発展したことはよく知られている。「侘び寂び」を尊びながら「和敬清寂*4」を極める茶道。現在230万人*5が「茶道」をたしなむといわれている。これだけの日本人が、茶道を通してその客人への「おもてなし」を実践している。日本が誇る「おもてなし」は、そんな茶道精神の賜物である。

ハイコンテクストな日本人
 前述のヒアリングで浮上したキーワードに「Helpful(頼りになる)」という指摘があった。相手の表情を伺って気持ちを掴むことに長けた日本人の特質がそう感じさせるのであろう。この「以心伝心」のコミュニケーションを「ハイコンテクスト文化」という。ハイコンテクストな日本のホテリエが「おもてなし」を支えている。

コミュニケーションに長けた女性
 女性の姿を見かけることが多い日本のホテル・旅館。従業員の約56.7%*6が女性である。右脳と左脳をつなぐ脳内器官が男性より発達している女性は、男性よりコミュニケーション能力に秀でていると言われる*7。相手の気持ちに応える女性ホテリエのこの豊かなコミュニケーション能力が、日本の「おもてなし」を支えているといえよう。

厳しい顧客、よき買い手
 外資系企業が日本進出に躊躇する理由の一つに「製品に対するユーザーの要求水準の高さ*8」が挙げられる。日本人の品質を見る眼が世界一厳しいことは良く知られている。よき買い手であったことも品質を押し上げる原動力になった。サービスも同様だ。目の肥えた顧客が日本のホテリエ達の「おもてなし」水準を上げたのである。
 世界に誇る「おもてなし」を育んできた日本のホテル・旅館であるが、残念なことに大々的に海外展開する日本のホテル・旅館チェーンの存在を耳にすることは少ない。ここに日本のホテル、旅館における成功の鍵がある。

仕組みの強さ
 現場の職人技が日本のホテル・旅館の強みであった。キャピトル東急ホテルの靴磨き職人 井上 源太郎 氏や、伝説のドアマンとして関西のホテルを中心に活躍した名田 正敏 氏等、数知れない。一方、外資系は「仕組み」でサービスの質を高めている。マルコム・ボルドリッジ賞*9を受賞したザ・リッツ・カールトンホテル(米)は、その価値観と理念を記載した「クレドカード」が有名だ。カードに記載された20に亘る行動原則を当番が毎日一つ読み上げて、その実例を紹介し、議論している*10。世界中でホテルを展開できるのは、このサービスを磨く「仕組み」を確立しているからだ。現場の強さを海外で展開する鍵は「仕組み」にある。日本人が持つ現場の強みと仕組みが融合したときに最高のおもてなしが実現できる。日本のホテルランキング上位を外資系ホテルが占めるのも両社の強みの組み合わせの結果である。

2. 明快な顧客設定
 「中流、日本人、団体観光客」と顧客設定をしておけば間違いのなかったこれまでの日本のホテル・旅館。顧客が多様化する中、「おもてなし」の質を高める上で明快な顧客設定が欠かせない。近年注目を集める星野リゾート代表の星野 佳路 氏は「自ら選んだ顧客に120%尽くす」とし、すべての顧客ではなく、自ら想定した顧客への満足度を高めるために顧客アンケートを活用していると述べている*11。

3. 効率の先にあるもの
 「日本のホテルは、海外のホテルに比べて見えない2つの壁がある。」と語った帝国ホテルの元役員。「人件費」と「固定資産」の壁だ。日本のホテルは、人件費が高く客室数も多いのでお客様一人当たりのスタッフ数が少ない。自社で不動産や建物を抱えることも多く、その負担も非常に大きい。結果、効率性の高いサービスにならざるを得ないのである。前述の外国人インタビューでは「効率的に顧客の望みに対処する」というコメントの一方、「They don’t go the extra mile(義務以上のサービスに欠ける)」という指摘があった。期待を超えるサービスを提供する余裕がないというのが実情であろう。効率を越えた先にある『おもてなし』は、日本のホテル・旅館の新たな競争力になるはずだ。
  ホテル、旅館に限らず日本では市井の店が、世界に誇るおもてなしを実現している。「でんかのヤマグチ」(東京都町田市)は小さな電器ショップにも関わらず、絞り込んだ顧客に徹底したお客様サービスを実現することで世界の家電メーカーがそのおもてなしを社員に学ばせている*12。「礼を尽くす」日本人の美徳で、日本の「おもてなし」が世界を席巻する日が近いことを願わずにいられない。

*1デンマーク人(男性)、ドイツ人(男性、女性)、メキシコ人(男性)、インド人(女性)の計5名。
*2本来、ホテル経営者、支配人とその従業員を指すが、ここでは旅館等の宿泊施設における従業員全体を含む。
*3「Polite(礼儀正しい)」5名の他、「Helpful(頼りになる)」4名、「Honest/Trustworthy(正直な/信頼できる)」2名、「Efficient(効率的な)」1名のキーワードが挙げられた。
*4和は「和をもって尊し」、敬は「自己を慎み、他人を敬う」、清は「精廉潔白」、寂は「寂静、閑寂」を表す利休流茶道の標語。
*5財団法人社会経済生産性本部レジャー白書2009
*6平成18年事業所・企業統計調査(総務省)
*7独立行政法人産業技術総合研究所
*8経済産業省 貿易経済協力局 貿易振興課「2009年 外資系企業動向調査」
*9アメリカの経営品質賞である
*10THE RITZ―CARLTON HOTEL, L.L.C.“1999 Application Summary”
(http://corporate.ritzcarlton.com/en/Default.htm)
*11テレビ東京「カンブリア宮殿」2010年2月1日
*12宝島社「でんかのヤマグチさんが「安売り」をやめたワケ」